*さけのさかな*

使命はお酒を愛し楽しく生きること。酒の肴に語るにはわりと珍味。

ちょっと真面目な話(物好き向けw)

 

このブログにたま〜に出てくる

“ガチ方向のスピリチュアル関係のプロの友人”の過去のメルマガを読んでいて、

 

『これ!まるっきり自分のことやんけ?! 』

 

と突き刺さったのでご本人に許可を得て、

引用させてもらいます。

 

 

クリスマスっぽい写真が出てこなかったw

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な:友人(なつき)

ダ:友人の師匠(通称:ダン●ルドア)

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

第八話こちらの世界で働く人たち

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

とある時、とある日。

研究室にて。

 

な「ところで、こちらの世界で働く

  マスターたちの話の続きだが」

 

ダ「あるヨギの自叙伝でも読んでろ」


な「・・・話が、終わる・・・」


気を取り直して。

 

な「たとえば、師匠もマスターなのか」


ダ「マスターの定義にも、よる」

 

この世界の四大元素(物質次元構成要素)を

マスター(体得)して

解脱していく者をマスター(導師)とする、

という定義はまだこのときは

していない。

 


ほんでな。


この道を歩くものは

イニシエーション(秘儀参入)をしていくが

四大元素のイニシエーションという

ものがある。

 


一つひとつしていくこともあり、

一度に平行していくこともあり、

また幾つもの転生をまたにかけて

ゆっくりと自覚なく進行していく

こともある。


その辺は個々異なる。

 


たとえば火のイニシエーションは

短期間に進むと

苛烈なので(笑)、

ゆっくり進行がいいのだが。

 


しかしその知見を得るのは

まだあとの話。

 


まだ二十代半ばころ、

この時点の話を続ける。

 

な「師匠はもう解脱したのか?」

ダ「さぁな」


妙にはぐらかす。

 

ダ「ただ、神人合一

  という点なら経験があると

  言っておくかね」

 

さりげなく、ギリシアの哲学者プロティノス

一なる者(根源的存在=神)との合一の話を

挿入し、経験を一般化する。

※自分の話を一般化する彼の傾向は、
 自分自身に話を聴く者の意識を
 フォーカスさせてしまわないため。

プロティノス
ギリシアの哲学者。
ネオ・プラトニズムの祖。
キリスト教神秘主義の理論的
バックボーン的として影響が大きい人物。

 


な「なんでその辺を明確にしないんだよ」


ダ「世の中には、たくさんいると

  思わないか」


な「何が」


ダ「自分はこんなにすごい師についている。

  こんなすごい流派を学んでる。

  こんなすごい秘儀、

  秘伝を知ってる・・・」

 


な「武術の世界には普通にあるね」

 

ダ「だろう。芸事の世界、

  宗教的世界、

  そんなところでも普通にある。

  それらもすべて傲慢なエゴなんだ。
  
  もしおれが、シュタイナーより、

  パラマンサ・ヨガナンダよりもずっと

  進化している神秘家だったら

  どう思うんだ?」

 

な「それだけ深淵な教えを学べそうだけど・・・」

 

ダ「でもおまえは例えるなら小学生だ。

  おれが中学生だろうが大学生だろうが、

  おまえが足し算引き算を

  学ばなくてはならない

  のは変わらない。

  そしておれが中学生でも大学生でも

  それくらいなら十分教えられる」

 

な「『おれの先生、

   東大生なんだぞー!』と

  自分まで偉くなったような気がしてしまう。

  そういうのを避けさせたいってことか」


ダ「そういうこと。

  おまえが思ってる以上に

  その思いは危険なことになる。

  おまえの発達を妨げる。」

 

〜中略〜 


ダ「それぞれの地域、霊統に応じて

  やることは似てるといえるし、

  違うともいえる。

  いつか話してやれると思うが、

  俗にいう『シャンバラ』

  の話とかもある。

  一見チベット仏教の話が

  一体なんで薔薇十字などの

  道に関係あるのか

  と思うかもしれない。


  ここでの話や役割の話など、

  それはそれで面白いし、

  おまえの好奇心も満たされる

  冒険譚になるだろう。
  

  だが、それは今のおまえの発達、

  学びとはなんの関係もないし、

  むしろ興味をへんな方向にそらす。

  百害あって一利なしなんだよ。 

  おれがマスターであろうが

  なかろうが、

  この世界に奉仕することには

  違いない。
  
  仕事の内容も変わらないだろう」

 

な「その仕事って前の話にあった、

  菩薩としての活動?」

 

ダ「そう。おれが菩薩(マスター)だろうが、

  単に目指す者だろうが、

  やることは変わらないんだよ」

 

そしてさらに続ける。

 


ダ「この仕事の在り方は

  本当に多岐にわたる。

  たとえばおれもおまえも

  この地上で肉体を持ち、

  働き、霊的な学びだけでなく

  いち社会人としての務めもある。

  いち家庭人としての務めもある。
  
  霊的道と一見関係のない

  それすらも、大切なことだ。

  お金がなきゃ生きていけないだろ?

  その生き方自体が、

  この道の後輩たちの参考になり、

  また範にもなる。
  
  この地上を生きるとき、

  偉大なマスターであっても

  家庭や仕事(お金)など、

  市井の暮らしとの兼ね合いには

  悩まされることは多い。

  それほど霊的道と市井の道との

  バランスを取ることは大変なんだよ。

 

  シュタイナーなんて社会的事業として

  神秘学の実学化が主な仕事だったから

  実社会との活動調整は本当に大変だった。(笑)

  出家なんてむしろイージーモードだ。(笑)


  だからこそここで、市井の中で、

  生き様を示すこと自体、

  菩薩としての道だよ」

 


な「"マスター"としての仕事って

  もっと霊的で、もっと求道的で、、

  なんかこう、、」

 

ダ「もっと派手だったり、

  神秘的な使命でも

  持っているとでも思ったか?(笑)

  闇の勢力と戦ったり、

  地球をアセンションに導く

  "お役目"とやらがあると思ったか?(笑)」


自分で言っておいて、

ダンブルドアは笑う。

 


とくに、なんだろうな、

あの"お役目"とか言ってる

スピリチュアル系はなんだろうな、

とゲラゲラ笑う。


自分で言ってて恥ずかしくないのかね、と。

 


な「じゃあ、こちら側で

  働く人たちって、

  一体何をしてるんだよ」


すると、ダンブルドア

じっとこちらを見て、笑う。

 

 


ダ「おまえさんのような

  真剣に道を求めるやつに

  道を示すこと以上に

  大切な仕事があるのかね?」

 

 

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話を切ってしまうのがもったいなくて、

つい、大部分(ほぼ転載)使ってしまった(汗)ごめん

 

ちなみにこの師弟の話、メルマガで20数話ほど更新されてます。

今登録して前の話読めるのかな?

 

 

 

 

で、私に刺さったのはここ。

 

 

ダ「自分はこんなにすごい師についている。

  こんなすごい流派を学んでる。

  こんなすごい秘儀、

  秘伝を知ってる・・・」

 


な「武術の世界には普通にあるね」

 

ダ「だろう。芸事の世界、

  宗教的世界、

  そんなところでも普通にある。

  それらもすべて傲慢なエゴなんだ。

 

 

 『虎の威を借る狐』

 

 

スピに限らず、

自分が偉い人の下についているから、有名人を知っているからとか、

自分も偉くなったような、自分の考えが正しいかのような、

そういう態度になるのが、自分自身、気になっていました。

 

そんなことしても、実際には自分は偉くも何ともないからね。

 

そして、いざ完全に自分だけのことになると、

反動でなのかものすごく自信が無くなる。

 

 

…そう、思っていたのですけど、

 

 

そもそも 自分に自信が無いから、虎の威を借る のだね。 

 

書いてて気づいた(笑)

 

 

 

じゃあ、虎の威を借りずにいられる自信はどうやってつけるのか。

 

経験を積むのか、

スキルアップするのか、

手っ取り早く、お金で解決するのか(笑)。 

 

 

 

 

おそらく、

 

『自信のないままの自分でいいと許可を出す』

 

ことなんだと思います。

 

 

ざっくばらんに云うと

 

“自信なくてもオッケーwww”って自分を許せるかってことよね。

 

 

私なんて、

自分に自信が無いわりに、プライドが高くて、

そうやって虎どころか色んなもので武装してきましたからね。

(なに自慢?) 

 

やっとかなり武装が解けてきたと思ってますけど、

まあ、まだ反応する部分は結構ありますw 

 

ちょっと前だったら、

この引用部を用いて、

反省という名の「自分攻撃」に出ていただろうな。 

 

自分を厳しく責めることが戒めになると思っていたから。

 

これ、チョー失敗だった(笑)

 

根本的な解決にならないばかりか、

自分を責めてますます自信を失ってしまった。

元々ないのに。

 

 

まずは、そうしてしまう自分を受け入れるところから。

そして、責めてしまった分は自分で癒してあげて、

そこが癒されてきたら、

やっと、

 

 

自信ないままでオッケーだよ

 

 

って思えるんだろうね。

 

 

 

 

 

 

 

〈おまけ〉 

 

この記事、

すげ〜おもしろかったwww

 

神秘家と一般スピ好き女子とのそもそもの解釈の違いw

ここで云うと私は完全に物好きの部類www

wizardofsoul.org

 

 

 

※ ブログのコメントが上手く入らないようで、現在確認中です。